「辛口ください」で美味しい日本酒には出会えない!?
《そもそも「辛口ください」の何が問題なのか》
「辛口の日本酒ください」「辛口の日本酒をプレゼントに贈りたい」「辛口の日本酒が美味しいよね(良いお酒だよね)」未だによく耳にします。
言った側は大抵「これで美味しい日本酒に出会えるだろう」と考えていますが、実はこれ、相手に意味が正しく伝わっていないことが多々あります。
それはなぜか、「辛口の日本酒ください」は相手に対して「日本酒ください」くらい意味でしか伝わっていないからです。例えるなら、バーに行って「カクテルをください」って言うのと同じレベルだと思っていただいて結構です。場合によってはあなたとの過去の関係性から嗜好を推しはかることで好みのお酒を的確に提案してくれる人もいるかもしれませんが、それを全ての人に期待するのは酷というものです。ですから残念なことに「辛口の日本酒」だけではあなたが本当に欲しいものは手に入らないと言っても良いでしょう。
ちなみに私は美味しい日本酒を飲みたいと常々思っていますので、日本酒の味わいを表現する時やお店での注文時に「辛口」という言葉を使うことはまずありません。
理由は一つ、伝え手と受け手の理解にギャップを生じさせる最たる言葉だからです。辛口という言葉は高級を意味することもなければ、美味しいを意味する言葉でもありません。「じゃあ、今更どうすれば!?」と頭を抱えている人もいるかもしれませんので、ここからは「辛口の日本酒」が生んだ様々な論争や誤解を紐解きながら現代に即した形に考え直していこうと思います。
飲み手が抱える日本酒と辛口の問題とは
さて、私たちは辛口という表現を60年くらい使っています。元を辿ってその変遷を探ってみるとある問題が見えてきました。
どうやら、「品質の良い酒=辛口」と表現してしまっているのではないかと。
ちょっと時代背景を見てみましょう。
《1950年代:大量生産期における辛口》
1950年代の大量生産期において、市場には質の低い酒が横行していました。いわゆる※三倍増醸酒というやつです。(※醸造アルコールで量を水増しして糖類や酸味料を添加した作った酒)
そんな中「この日本酒は他の酒とは違う、本物だ」と主張し始めるところが出始めます。ですがこれ実際の味わいには関係なく、その「本物だ」という意思表示を「辛口」という言葉を用いて言い表していたに過ぎません。
ここでまず、当時の日本酒の辛口が表す意味を考えてみましょう。
当然、唐辛子などの刺激物的辛さの意味ではないですね。
ここでは”辛口のコメント”などで使われる「要点を捉える」「率直にモノを言う」の意味に捉えます。そこから転じて「まっすぐ」「嘘がない」「本質的」などの意味になったと考えることができます。
現に当時の良質な日本酒と言えば辛口の日本酒を謳った白鷹や剣菱、菊正宗などの名前があがります。つまり「辛口=本格派=美味しい日本酒」となったということですね。
そしてそこで名前があがった日本酒の味わいの共通点である「旨味ガツン、ボディしっかり」が世間の人々の辛口の日本酒のイメージを醸成したと考えられます。
そしてその残念な語弊を抱えたまま時代は進み、、、
《1980年代:淡麗辛口の出現》
80年代後半に起きた日本酒の淡麗辛口ブーム、ここでまず第一次辛口齟齬が発生します。
30年前に辛口を好んだ御仁の飲む日本酒はガツンとくる力強い味が多かった。しかし、この年代から日本酒を飲み始めた人達にしてみれば、辛口とはスッキリと軽い日本酒だったわけです。。
つまり「辛口=美味しい日本酒=軽くてサラリと水のよう」となるわけです。
この時点でもう飲み手が日本酒に対して使う辛口という言葉がチグハグになってしまっています。
そんな全く違う意味を抱えたまま時代は進みます。
はい、ここで同時にこの問題に拍車をかけるが如く別の問題が浮上します。
作り手が抱える日本酒と辛口の問題
《日本酒度という問題》
日本酒造りの現場では「甘口」の対比として「辛口」という言葉を便宜的に使用しています。しかしそれはあくまでも数値管理の上で使っている言葉です。
味がどうとかではなく、「比重がどうなのか」という意味しか持っていません。
日本酒の比重(必ずしも糖度だけで決まらない)が軽ければ日本酒度がプラス、重ければ日本酒度がマイナスになるのですが、日本酒度だけで味が決まらないことは、造り手の方が一番よくご存知のはずです。にも関わらず、この数値なら甘く感じる、この数値なら辛く感じると言わんばかりに飲み手に誤解を与える書き方をしているのは不親切と言う他ありません。
挙句、ラベルに辛口と書いてしまう、甘口と書いてしまう。残念なことにこれこそ飲み手を大いに混乱させてしまうのです。
何故なら、前述したように「飲み手が思う辛口の日本酒の認識が統一されていない」からです。
結果、飲んでみて「??」となってしまう人が続出することになっているのではないでしょうか。別の記事で書きますが、「大吟醸」「純米」などの特定名称でも似たような現象が起こっています。
辛口という言葉を整理してみる
辛口が唐辛子的な辛さを表しているわけではないということは誰でも分かります。問題なのはそれぞれが思う「日本酒の辛口の意味がズレている」ことです。
つまり、「辛口の~」と言った時点で自分好みの日本酒に出会える確率はグッと下がります。
一度整理しましょう。
・辛口=旨味ガツン、ボディドッシリ
・辛口=スッキリ、軽やか、キレが良い
・辛口=比重が軽い
ざっくりこの3種類ですが、そこに個々の好みや他の要素が入ります。お店の人であればその少ない情報から推測して皆さんの好きそうな日本酒を探してくれることでしょう。
しかし、内心では「うーん、辛口か。他に情報ないかな。。。」と考え込んでいるはずです。
中には「辛口欲しいと言われたらこれを出す」というようにシステム的に出すお店もあります(好みのヒアリングは状況によってできたりできなかったり、した方が良かったりしない方が良かったりします)。そうなると飲み手の好みに合うかどうかは賭けですね。もしかすると失敗することもあるでしょう。
そんな事故を減らすためにも、脱・辛口!をオススメします。
好みでない日本酒が出てきてしまった日にはお互いが不幸になってしまいます。
もう一度書きますが、「辛口ください」は「日本酒ください」程度の意味しかありません。だからこそ、この「辛口」という言葉をきちんと言語化することが、美味しい日本酒を飲むための近道になります。
「辛口の日本酒ください!」という言葉を少しご自身で噛み砕いていただいて、「ズシッとしたのください!」「軽くてキレのいいのください!」など何でもいいのでご自身の好みや感覚をストレートに伝えてみてください。
そこからきっと、日本酒との素敵なご縁が生まれることと思います。